神社は「神聖な場所」というイメージが強いと思います。
私も神職になる前は、神社の中は静かで厳かな世界だと思っていました。
でも、実際に中で働いてみると、外から見えている景色とはかなり違います。
会議もあれば、お金の管理もある。寄付のお願いにも回るし、神職だって祭典で失敗します。
この記事では、現役神職として、神社の裏側を正直にお伝えします。
神社は想像以上に「会社」である
神社のトップは、宮司です。
でも、宮司が何でも自由に決められるかというと、そうではありません。
神社には「責任役員」と呼ばれる方々がいて、大事なことは会議で話し合って決めます。責任役員の反対があれば、実行できないこともあります。
神社の積立金の使い道も、宮司一人の判断では動かせません。
年度の初めには、その年の方針を発表する場があります。年度末には、1年間で何をやったかの報告会もあります。会計事務所とのやり取りも、当然あります。
まるで会社のようですよね。
一方で、会議室に集まって会議をすることは、意外と少ないです。日々の仕事の指示は、雑談の中で出ることも多いです。
お賽銭だけで神社は運営されていない
「神社の収入は、お賽銭だけでしょ」と思っている人は多いと思います。でも、実際はそうではありません。
主な収入は、ざっくり次のとおりです。
・お賽銭
・ご祈祷の初穂料(玉串料)
・お守りやお札の初穂料
・氏子さんや企業からのご寄付
中でも大きいのが、ご寄付です。
例大祭などの大きな祭典の前には、これまでご寄付をいただいている企業や個人のお宅に、改めてお願いに回ります。
私たち神職が回るときは、スーツで伺います。総代さんや役員さんに回っていただくこともあります。
長くご寄付をいただいている企業や個人の方がほとんどなので、断られることはあまりありません。
ただ、個人の方は、年金生活になると金額が減ったり、亡くなって子どもの代になると、はっきりお断りされたりすることもあります。
正直に言うと、寄付の額は年々減っています。
それでも、大きなお祭りは、このご寄付をもとに運営されています。神社は、地元の方々の支えがあって成り立っているんです。
ご祈祷の初穂料(玉串料)の相場や、のし袋の書き方は、こちらで詳しく書いています。

神職も人間なので失敗する
神職は、特別な力を持った集団ではありません。
ごくごく普通の人間です。
祝詞を奏上している途中で息継ぎのタイミングを間違えて、噛んでしまうことがあります。あってはならないことですが、読み間違えることもあります。
ただ、それをなるべく悟られないように、そのまま奏上を続けます。
先輩の話では、完全に暗記しているはずの祓詞が、緊張で頭から全部飛んでしまったこともあるそうです。
私にも、忘れられない失敗があります。
例大祭の最中のことでした。自分の担当ではない場面で、なぜか立ち上がろうとしてしまったんです。
途中で気づいて、慌てて座り直しました。
一気に顔が熱くなって、冷や汗がダラダラと出ていました。頭の中で「落ち着け、落ち着け」と繰り返しながら、次の順番を必死に確認していました。
祭典が終わったあと、みんなから言われました。
「やっちゃったねー。立っちゃったね」
この時は「本当にすみません。気をつけます」と謝るしかありませんでした。
所作を間違えたからといって、私が奉職している神社では、所作を間違えたからといって怒鳴られることはありません。でも、しばらくは「なんで立っちゃったんだろー」と引きずりました。
逆に、私は正しかったのに、間違えたように見えてしまったこともあります。
自分の番だと思って立とうとしたら、隣の神職も同時に立ち上がり、小声で止められました。その時は「うわっ、また自分が間違えた!?」と思いました。
でも実は、順番どおりなら私の番でした。どこかで順番が入れ替わってしまい、そのまま進んでいたんです。
参列者の方からは、きっと私が間違えて立ち上がったように見えていたと思います。
またお正月の混雑時には、金額を間違えたり、お守りを取り違えたりしたこともあります。
神職同士の人間関係は意外と普通
神社の職場というと、ピリッとした緊張感を想像するかもしれません。
実際、かつての神社界は、かなり厳しい縦社会だったと聞きます。
戦争を経験した世代の宮司さんがいた神社では、軍隊のような厳しい規律があったそうです。どんなに給料が安くても「働かせてください」と頼み込むのが当たり前で、今の感覚で言えば、相当なブラックです。
辞める直前まで斎主を任せてもらえず、ずっと太鼓の担当だった、という話も聞いたことがあります。
今は、どうでしょうか。
全国的に名前の知られた大きな神社は、会社のような体制が整っています。一方で、それ以外の多くの神社は、家族経営に近い形です。
だからこそ、トップの宮司によって、職場の雰囲気がガラリと変わります。
少なくとも、私が奉職している神社は、雰囲気が良いほうだと思います。
昼食の時間は、みんなで自由に雑談しています。上下関係のマナーはありますが、ピリついた空気になることは、ほとんどありません。
例大祭で私が立ちかけたときも、怒られるのではなく、「立っちゃったね」と笑い話にしてもらえました。
これは、宮司と禰宜の人柄が大きいと思います。
神職だからといって、人間関係が特別に厳しいわけではありません。今は、普通の職場です。
神社で一番大変なのは神事ではない
祭典そのものは、手順どおりに進めれば終わります。大変なのは、その前後です。
私が奉職している神社では、基本的に準備も片付けも全部自分たちでやります。
装束を着たままでは動けない場面もあるので、一度脱いで着替えてから、作業に戻ることもあります。
例えば、お祭りが夜20時に終わって、片付けが終わるのは22時過ぎ。そんな日も普通にあります。
提灯や風鈴の骨組みを作ったり、イベント用のテントを何棟も建てたり。純粋に体力が削られます。
うちの宮司は「自分たちでやったほうが自由がきく」という考え方なので、こうした作業も、基本的に自分たちで動きます。
地味にこたえるのは、1日かけて形にしたものが、宮司の思い描いていたイメージと違って、やり直しになるときです。
頭の中で描いていた形と、実際に組み上がった形が違う。これは、神社に限らず、どこの職場でもある話だと思います。
ただ神社では、祭典・準備・片付けが切れ目なく続くので、そのしんどさが少しずつ積み重なります。
お祭り前後の連勤や休日の実態は、こちらで正直に書いています。

まとめ
神社の裏側は、外から見えているものとかなり違います。
会議があり、お金の管理があり、寄付のお願いに回り、神職も失敗する。そして、ごく普通の人間関係がある。
それでも、七五三やお宮参り、神前式のような人生の節目に立ち会えることが、私がこの仕事を続けている理由です。
神社を少しでも身近に感じてもらえたらうれしいです。
自宅でも神様を身近に感じたい方は、神棚をお祀りするのもおすすめです。祀り方は、こちらで分かりやすくまとめています。

ここまで読んでくださり、ありがとう。
良い一日を。

