「神職は天職だ」と、今でも思っています。
でも、それとこれとは別の話です。
神職になって数年の私が、実際に働いてみて初めて気づいた「後悔」を、包み隠さずお話しします。
きれいごとは書きません。
神職を目指している方にこそ、読んでほしい内容です。
この記事を読むと分かること
・現役神職がリアルに感じた5つの後悔
・神主を目指す人が知っておきたい現実
・それでも神職を続ける理由
後悔① 高齢の母親を残してきた
神職は、奉職先によっては地元を離れて暮らすことになります。
私自身、その選択をしたことを、今でも後悔する瞬間があります。
ある日の昼下がりでした。
昼食を終え、午後の仕事に取りかかろうとしていたとき、姉からLINEが届きました。
「お母さんが救急車で運ばれた」
「電話できる?」
画面を見た瞬間、胸がざわつきました。最悪の状況まで考えました。
電話をすると、症状は腹痛で、姉が病院に付き添っているとのことでした。宮司に事情を話せば、すぐに東京へ向かうこともできました。
でも、その日は結局、神社で仕事を続けました。目の前の祭典や業務は、止められないからです。
幸い、数日の入院で退院し、今は落ち着いています。
それでも、母は年を重ねるごとに少しずつ弱ってきています。
父が亡くなってから笑顔は減り、体調を崩すことも増えました。精密検査を受けても、原因が分からない不調も続いています。
姉も私も、「少しずつ衰えている」と感じています。
私は今、飛行機に乗らなければ帰れない場所で暮らしています。急に会いに行くことはできません。
駆けつけたところで、病気を治せるわけではありません。
それでも、そばにいるだけで支えになれることはあると思っています。
「すぐに会いに行けない」
この現実は、神職になった今でも、一番後悔していることの一つです。
なぜ遠方の地に来たのか
神職の資格を取った当初、私は父が所属していた神社で奉職するつもりでした。推薦状も書いていただき、資格を取ったあとには、挨拶にも伺いました。
当然、その神社で奉職するものだと思っていました。
しかし、そのときに宮司から言われたのは、
「自由にしていいよ」
という言葉でした。
今振り返ると、必ずしも「来なくていい」という意味ではなかったのかもしれません。普段は別の仕事をしながら、大きな祭典だけ手伝うような形を想定されていた可能性もあります。
ただ、当時の私には「奉職先を失った」としか受け取れませんでした。
そこから一から奉職先を探すことになり、講習会で出会った方とのご縁がきっかけで、今の神社に奉職することになりました。
神職になる前の私は、「資格を取れば、当時住んでいた東京の近くで奉職できるだろう」と、その程度に考えていました。
しかし、現実は違いました。
神主になるということは、奉職先の神社がある場所で生活するということです。奉職先によっては、私のように遠方へ移り住むことも珍しくありません。
これは神主になって初めて知った現実であり、私にとって大きな人生の転機でもありました。
神職を目指すまでの遠回りだらけの話は、こちらで書いています。

後悔② 30代で新卒と同じ給料からスタート
神社界では、神職歴がすべてです。
社会人経験も、前職の役職も、ほとんど関係ありません。30代で神職になっても、新卒と同じ立場からのスタートになります。
私も、それを実感しました。
サラリーマン時代は、20代前半で月収30万円を超えることもありました。しかし、神職になってからは、手取り20万円を下回る月もあります。
もちろん、神社の規模や地域によって、待遇は大きく異なります。それでも、私にとっては大きな収入の変化でした。
「神職になりたい」
その気持ちだけでは乗り越えられない現実が、確かにあります。
さらに私には、毎月約4万円の奨学金の返済があります。大学時代は、利子あり・利子なしを含めて、借りられるだけ借りました。
当時は「余ったら返せばいい」と、軽く考えていました。
でも実際には、そのお金は父の入院費や生活費、姉が薬剤師国家試験を受けるための予備校代に使いました。
家族の役に立てたことを後悔したことは、一度もありません。
ただ、その返済は今も続いています。
今の年収は394万円。そこから毎月、奨学金を返しています。
神職という仕事には、お金だけでは測れない魅力があります。
でも、「好きだから何とかなる」と言えるほど、甘い世界でもありません。
だからこそ、神職を目指すなら、収入や生活設計まで含めて考えておくことをおすすめします。
年収の内訳や手取り、ボーナスは、こちらで詳しく公開しています。

後悔③ 人の名前が覚えられない
神主の仕事は、地域の人との関わりがとても深い仕事です。氏子さん、総代さん、祭典で毎年お会いする方々。
何度も顔を合わせるうちに、「顔」は覚えられるようになります。でも私は、名前を覚えるのが本当に苦手です。
「こんにちは」
と声をかけられて、顔は知っている。でも、どうしても名前が出てこない。
そんな場面を、何度も経験しました。
結局、名前を呼ばないまま会話を終えたこともあります。
神主の仕事は、ご祈祷や祭典だけではありません。地域の方との信頼関係が、とても大切な仕事です。
だからこそ、人の名前と顔を覚える力は、神道の知識や祭式作法と同じくらい重要だと感じています。
これは、神職になって初めて気づいた自分の弱点でした。
もし神職を目指しているなら、神道の勉強だけでなく、「地域の人の名前を覚える力」も大切にしてください。
私は今でも、ここには苦労しています。
後悔④ 日本の季節の風習を、ちゃんと知らなかった
神主なのに、です。
神社で働き始めて驚いたのは、氏子さんや参拝者の方から、季節の風習について質問される機会が本当に多いことでした。
・「茅の輪って、どうやってくぐるの?」
・「冬至に、ゆず湯に入るのはどうして?」
・「お正月に鏡餅を飾るのは、なんで?」
普段の生活では何となく知っているつもりでも、いざ聞かれると、曖昧な知識しかありませんでした。
正直に言うと、干支の順番すら怪しいくらいです。
神職の資格を取る勉強では、祝詞や祭式作法が中心です。
もちろん神道の基礎は学びますが、地域ごとの風習や、暮らしに根付いた年中行事までは、現場に出て初めて学ぶことも少なくありません。
神職になってから、「もっと日本の季節の行事を勉強しておけばよかった」と、何度も思いました。
神職を目指しているなら、資格の勉強だけでなく、日本の年中行事や地域の風習にも興味を持っておくと、奉職後にきっと役立ちます。
後悔⑤ 神社界の常識を何も知らずに飛び込んだ
これは神社界への不満ではなく、自分の無知への後悔です。
神職になる前の私は、「資格さえ取れば神主になれる」と、どこかで思っていました。
でも実際は、神職になるということは、どこかの神社に奉職して働くということです。
今なら当たり前のことですが、当時の私は、それすらよく分かっていませんでした。
父は神職の資格を持っていましたが、神社に常勤で奉職していたわけではありません。その姿しか知らなかった私は、「神職ってそういうものなんだ」と思い込んでいました。
資格を取って初めて、それが特殊なケースだったと知りました。
さらに神社界には、外からは分からない独特の文化があります。
神職歴を重視する序列、神社ごとに違う慣習、人事の決まり方、給与体系……。
どれも、実際に入ってみて初めて知ることばかりでした。
もちろん、「神主になりたい」という気持ちだけで飛び込むこと自体は、悪いことではありません。
でも、もし神職を目指しているなら、資格の取り方だけでなく、神社界という業界そのものを少し知っておくと、入ってから戸惑うことが減ります。
資格の取り方や、奉職先の探し方は、こちらで詳しく書いています。

それでも神職は天職だと思っている
ここまで読むと、「神主にはならないほうがいいのかな」と思われるかもしれません。
でも、私はそうは思っていません。
神職になってから、「辞めたい」と本気で思ったことは、ほとんどありません。
世間的に見れば、休みは少なく、給料も決して高いとは言えません。神社によっては、ブラックと言われても否定できない環境もあるでしょう。
それでも私にとって神職は、営業職のように数字に追われることもなく、人の人生の節目に立ち会い、地域に寄り添える仕事です。
そして何より、今の奉職先では、一緒に働く仲間にも恵まれました。
だから私は、この仕事は自分の性に合っていると、心から思っています。
後悔はあります。
でも、その後悔も含めて、神職になって本当に良かったと思っています。
休みの日数や年末年始の働き方は、こちらで正直に書いています。

まとめ
現役神職として働いてみて、私が「もっと知っておけばよかった」と思うことは、この5つです。
・高齢の母と、飛行機の距離で暮らすことになったこと
・30代で、新卒と同じ給料から再スタートしたこと
・人の名前を覚えるのが苦手だと気づいたこと
・日本の季節の風習を、十分に知らなかったこと
・神社界の仕組みを知らないまま、飛び込んだこと
どれも、実際に神職になって初めて気づいたことばかりです。
だからこそ、これから神職を目指す方には、神社の華やかな部分だけでなく、こういう現実も知ったうえで、この世界に飛び込んでほしいと思っています。
神職になるまでの私の話や、立て直しの途中で考えていることは、noteの「人生立て直しシリーズ」で書いています。

ここまで読んでくださり、ありがとう。
良い一日を。

